歌うことで脳を活性化!アルツハイマー型認知症治療への効果とは?

工樂真澄

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出典元:pixabay.com

ノーベル文学賞がボブ・ディランさんに授与されるときいて、驚いた方も多かったのではないでしょうか。いわゆるポピュラーミュージックが文学賞の対象になるのかという議論は別にしても、彼の絞り出すような歌声に心を揺り動かされた人は少なくありません。今回は「歌」がもつ力についての研究をご紹介します。(監修:医師 奥真也)

思い出の曲が記憶を呼び覚ます

三重大学の佐藤正之准教授らのグループは2015年に、「歌う」ことがアルツハイマー型認知症の患者さんにどのような影響をもたらすかについて、論文を発表しました。

実験には、軽度から中等度のアルツハイマー病の患者さん10人 (平均年齢78.1歳)に参加してもらいました。 どの患者さんも今までに歌のレッスンを受けたことはありません。レッスンとして、週1回のプロの指導者によるカラオケと、ボイストレーニングを6カ月間続けてもらいました。また、歌のレッスンを開始する以前と、レッスン期間終了後に、神経心理学のテストを受けてもらいました。対照群は歌のレッスンを受けない患者さんのグループです。

実験の結果、歌のレッスンを受けたグループでは6カ月のレッスン期間後、神経心理学テストの正答率ではなく、解答する速さが有意に向上しました。これは「随意運動」が改善したことを示唆します。随意運動とは、無意識ではなくて自分の意志で行う運動のことです。

また睡眠時間が長くなり、「周辺症状(BPSD=Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)」が改善されていることがわかりました。認知症の症状は主に「中核症状」と「周辺症状」に分けられ、徘徊や暴言、幻覚などの行動や心理面の症状は、中核症状に付随して二次的に表れるとされます。今回歌唱トレーニングを受けた患者さんの中には、家でも進んで歌の練習をする「意欲」をみせたり、冗談を言ったりする「社会性」が増す様子がみられた方々がおられました。

その他にも、携帯電話を使えなくなっていた人が、再び使えるようになったり、娘さんの名前を思い出せなくなっていた人が、再び思い出すようになったりしました。どの患者さんも病気を発症してから、いろいろなことが出来なくなるばかりでしたが、歌唱トレーニングを通して歌がうまくなるだけでなく、いろいろなことが再びできるようになりました。こういった症状の改善は本人だけでなく、お世話をしている家族の方にとっても嬉しい結果だったと、論文では報告されています。

好きな歌だから続けられる

今回行った歌のレッスンは1回1時間ですが、いくつかの内容が含まれています。まずボイストレーニングは「YUBAメソッドhttp://yubamethod.org/?page=menu1」とよばれる方法で行います。このメソッドは短時間で効率のよく「歌う筋肉」を鍛えられるそうです。前の週に習った曲を復習した後には、患者さんが若い頃に大好きだった曲や、なじみ深い曲を選んで歌います。

今回のレッスンではカラオケを利用しています。カラオケでは歌詞を覚えていなくても、流れてくる歌詞を見ながら、メロディーに合わせて口ずさむことができます。昔好きだった歌であれば、なおさら歌いたくなるでしょう。そのために音をじっと聞いて、次々と表れる歌詞を目で追い、歌おうとする、といった複雑な過程の積み重ねが、脳の活性化につながるのだと考えられます。

音楽療法に秘められた力

今回ご紹介した論文の著者である佐藤先生は、れっきとした医学部の神経内科の先生ですが、もともとは音楽大学のご出身です。その経歴から音楽療法の研究を熱心に行っておられ、その成果はNHKの特集でも取り上げられました。http://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2016/02/0208.html
悲しいとき、楽しいときに、ふと口ずさむ歌は、単なる歌を超えて人生の伴侶のような存在ともいえます。認知症の患者さんが、懐かしい歌を通じて、忘れかけていた過去の記憶を取り戻すのもわかる気がします。今後の音楽療法の発展に期待がかかります。

Music Therapy Using Singing Training Improves Psychomotor Speed in Patients with Alzheimer’s Disease: A Neuropsychological and fMRI Study
Satoh M et al. Dement Geriatr Cogn Dis Extra. 2015 Sep-Dec; 5(3): 296–308.
認知症・音楽療法 思い出の曲で よみがえる記憶2016年2月8日(月) http://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2016/02/0208.html
佐藤正之講師(三重大学准教授) 医療としての音楽療法:認知症を中心にhttps://www.youtube.com/watch?v=ftzwKTt0WMw