ストレスは多くても少なくても、記憶力が悪くなる

工樂真澄

ストレスが多い(イメージ)
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職場や学校の人間関係、または家事や育児のことなど、誰しも多かれ少なかれ悩み事や不満を抱えているものです。悩み事を上手に発散できないまま溜めこんでいると「ストレス」になって、認知機能にも影響を与えます。今回はストレスと「記憶」との関わりについて、ご紹介しましょう。

「ストレス」が多いほど記憶力は悪くなるのか?

「ストレス」とは簡単に言えば、悩み事や不快な経験などに対抗するために体が起こす「防御反応」です。ストレスを起こすような好ましくない状況や出来事のことを「ストレッサー」とよんでいます。脳はストレッサーを感知すると指令を出して、「副腎」とよばれる臓器から「コルチゾール」というホルモンが分泌されます。

「コルチゾール」と記憶力の関係について、多くの研究がされています。記憶にはいろいろな種類があり、大きく分けて「顕在記憶(陳述または宣言記憶とも)」と「潜在記憶(非陳述または非宣言記憶とも)」に分けることができます。

「顕在記憶」は過去にあった出来事や行った場所などについて、それがいつのことで誰と一緒だったか、などの具体的な記憶です。これに対し「潜在記憶」は、例えば自転車の乗り方や歯の磨き方など、無意識で行うことのできる手順のようなことです。

2013年にドイツのTrier大学のシリング博士らは、コルチゾールが多すぎても少なすぎても、記憶力、特に「顕在記憶」を「思い出す能力」が低くなることを報告しています。

悩み事で頭がいっぱいで、大事な約束をすっぽかしてしまった経験はないでしょうか?これはきっと、コルチゾールが多く分泌されていたためでしょう。その反対に、あまり現実的ではありませんが、ストレスが全くなくなると過去に覚えたことや経験したことが思い出しにくくなる、というのです。ほどほどにストレスを感じることは、じつは認知機能には良い影響があるということです。

ストレスホルモンの影響は続く

スイスのジュネーブ大学のリンメル博士らは2015年に発表した論文で、コルチゾールがどれくらい長期にわたって記憶に影響するかを調べました。

「メチラポン」は酵素の働きを妨げることによって、コルチゾールの産生を抑える薬です。被験者は二つのグループに分けられ、一つのグループではメチラポンを、もう片方は比較対照群として疑似薬を投与されました。

まず被験者に文章を読んでもらいます。3日後に「メチラポン」または疑似薬の投与を行います。メチラポンを投与したグループでは、最低レベルにまでコルチゾールの分泌が抑えられていました。その4時間後と、さらに一週間後に、文章の内容を思い出すテストを行いました。

文章は2種類用意されており、どちらのグループも感情が湧かないような中立的な内容の文章については、同程度に記憶していました。しかし感情を揺り動かすような文章については、メチラポンを投与されたグループは、比較対照群の人たちと比べて、思い出しにくいことがわかりました。さらにこの傾向が長期にわたることも明らかになりました。

これはコルチゾールが感情に働きかけて、記憶に結び付けていることを示すものです。ストレスがない状態ではコルチゾールの分泌が低下して、記憶力、特に思い出す力が弱くなる仕組みがあるのです。

ストレッサーと感じるかは人それぞれ

何を「ストレッサー(ストレスをあたえるもの)」と感じるかは、人それぞれ異なります。上司の小言をストレッサーだと捉える人もいれば、自分へのエールだと考える人もいるでしょう。今回ご紹介したように適度なストレスは、認知機能には必要な要素です。もし日々の生活がストレスだらけだと感じておられるならば、それは「脳を働かせるための潤滑油」だとポジティブに考えてみてはいかがでしょうか。

For whom the bell (curve) tolls: cortisol rapidly affects memory retrieval by an inverted U-shaped dose-response relationship.
Schilling TM et al. Psychoneuroendocrinology. 2013 Sep;38(9):1565-72.

Emotional memory can be persistently weakened by suppressing cortisol during retrieval.
Rimmele U et al. Neurobiol Learn Mem. 2015 Mar;119:102-7.