アミロイドベータは脳の「仇」か「戦友」か? 〜ドクターOKUの視点

奥真也

奥真也

埼玉医科大学客員教授、医学博士で医療・製薬など多分野に精通するDr.奥のコラム。今回は、認知症の原因物質とされてきたアミロイドベータが、脳に侵入してきた細菌から脳を守る過程で蓄積されたものだったとする研究について解説いただきました。

「アミロイドカスケード仮説」

アルツハイマー病治療の創薬には、巨額の開発費が投じられているのに、現在の新薬開発の状況がはっきり言ってぱっとしないことは、誰もが内心感じるところでしょう。

創薬の多くは「アミロイドカスケード仮説」を拠りどころとしています。この仮説は、「アミロイドベータが異常生成、脳内に蓄積して老人斑という塊を形成、ひいては、タウタンパクという異常なタンパク質の凝集を引き起こし、これの直接作用によって神経細胞が死滅し、脳が萎縮して症状を発症する」という、アミロイド生成をきっかけとした一連の反応(カスケード)をアルツハイマー病の成り立ちとするというものです。なお、カスケードとは、階段状に連なった小さな滝を意味する言葉で、因果関係を持つ連鎖反応を表現するのによく用いられます。

さて、このアミロイドカスケード仮説に関して、最新の研究の驚くべき結果が発表されました。マウスと細菌を用いた論文によると、アミロイドベータは、脳に侵入してきた細菌から脳を守る過程で蓄積されたものだった可能性が出てきたのです。

細菌を封じ込めるアミロイドベータ

Science Translational Medicine誌に掲載されたハーバード大学のクマール博士らの研究1)では、アミロイドベータを過剰に生成するよう遺伝子操作されたマウスと、普通のマウスの両方を用いて、脳に大量の細菌(サルモネラ)を注入する比較実験が行われました。

するとアミロイド過剰マウスの方は、アミロイドベータの塊を作り、その中に、やってきた外敵である細菌を封じ込めてしまったのです。普通のマウスはというと、アミロイド塊を生成できず、細菌感染で早くに死んでしまいました。

著者らは、「脳と細菌の闘争の末、アルツハイマー病が発症した可能性がある」と主張しています。

もちろん、マウスによる研究の段階であるため、今後、人間のアルツハイマー病に関して正しさが証明されていくかどうかはわかりません。しかし、今回の論文以外にも、昨秋のNature誌には、クロイツフェルトヤコブ病の治療と関連して、アルツハイマー病の発病に感染症が関係している可能性を示唆する論文2)が発表されていますし、今春の専門誌にも、アルツハイマー病と感染症に関する幅広な議論を紹介する文章3)が掲載されています。アルツハイマー病と感染症は、いま、専門家の間の静かなる激論の対象になっているのです。

胃がんや子宮がんも細菌・ウィルス感染から

話はそれますが、かつて、がんは感染しない、と信じられていました。医師の間でもそれは常識と言えるようなものでした。しかし、今では、胃がんについては、ピロリ菌感染がその発症に大きく関与していることが証明されています。また、子宮がんもHPV(ヒト乳頭腫ウィルス)感染が大多数のケースで原因になっていることが今世紀になって確定しています。つまり、がんも感染する、という訳です。

これらの例をみても、そもそも医学的な常識とは簡単にひっくり返されるものでもありますし、また、人類の病気には細菌やウィルスという外敵が、想像以上に大きく関与しているのだと気づかされます。

アミロイドベータを目の仇にして、これをやっつける様々な治療法の開発が模索されているのが現状ですが、蓄積されたアミロイドベータが、実は、勇敢なる外敵と戦った英雄のしかばねであったとすれば、意外にも見当外れな作戦なのかもしれません。

それでも転んだ科学者はただでは起き上がりません。外敵の感染経路の解明によって新たな新薬開発の糸口がみつかった、と上記の論文の著者は強気に結んでいます。アルツハイマー病との新たな戦いが始まるのでしょうか。

(参考文献)
1) Kumar D. et al. Science Translational Medicine 8:340, 340ra72, 2016
2) Jaunmuktane Z et al. Nature 525, 247–250, 2015
3) Itzhaki R. et al. Journal of Alzheimer’s Disease, 51:4 979-984, 2016