ホルモン補充療法は認知機能の敵か味方か?

工樂真澄

ホルモン補充治療(イメージ)
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年齢に伴う体の変化は、「心」すなわち脳の働きにも少なからず影響を与えます。特に女性はホルモンの変動によって、体調にも気分にも様々な変調をきたします。今回は「ホルモンと認知力の関係」について見ていきましょう。(監修:医師 奥真也)

ホルモンバランスの変化がまねく更年期障害

40代後半から50代になると、女性には「閉経」が訪れます。これがいわゆる「更年期」で、ホルモンのバランスが大きく変化して、体調や気分に様々な影響を与えます。特徴的なのは「ほてり」や「のぼせ」で、その他にも、わけもなくイライラする、眠れない、動悸が激しい、やたらと汗が出るなど、「更年期障害」とよばれる不快症状を訴えます。

更年期障害の治療には、「エストロゲン」や「プロゲステロン」といった女性ホルモンを投与するのが一般的です。エストロゲンは神経細胞を守るとされている作用をもつことから、ホルモン補充療法が認知力に及ぼす影響について、長期に渡る大規模な調査が行われています。

ホルモン療法は認知症リスクを高めるのか?

「WHIMS」はアメリカ国立衛生研究所(NIH)のもと、1996年から継続して行われているホルモン補充療法と認知機能に関する調査です。調査チームのシューメーカー博士らは2003年に、ホルモン補充療法を65歳以上になってから受けた女性達は、受けなかった女性達よりも、認知症や軽度認知症に陥るリスクが高くなる、という結果を報告しています。

しかし2013年同調査チームにより発表された論文では、50歳から55歳までの更年期初期にホルモン補充療法を始めた人達は、治療を受けなかった人と比べても、晩年の認知能力に大きな差がないことを示しています。

さらに同チームのエスぺランド博士らは2016年、更年期のホルモン補充療法は、治療を開始した年代によって、認知能力への影響に差があることを報告しました。50歳から54歳の間に治療を開始したグループと、65歳から79歳の間に開始したグループ、それぞれホルモン療法が終了して6年から7年後に認知機能を調べました。

結果として、50代で治療を開始したグループでは認知機能への影響は見られませんでした。これに対し65歳以上で開始したグループでは、治療を受けなかったグループよりも、ワーキングメモリーや実行機能が低下していることがわかりました。

以上の結果から、閉経の前後のまだ若い時期にホルモン療法を開始した場合は、認知機能への影響はありませんが、高齢になってからのホルモン療法は、認知機能に長期に渡って影響を与える可能性があることが明らかになりました。

閉経は神が与えた自由時間?

生物全体からみると、閉経を経験する生物種はヒトやクジラなどほんの少数です。たいていの生物は、生涯を通して妊娠が可能なのです。

その理由の一つとして米国の人類学者クリスティン・ホークスらは「おばあさん仮説」を提唱しています。「ヒト」という生物は他の生物に比べて、一人前に成長するまでにずいぶん時間がかかります。そこで子育てを母親だけに任せるのではなく、おばあさんやおばさんなど閉経を迎えた高齢の女性が一緒に行うことで、より豊かな子育てが可能になり、結果的に種全体の繁栄につなげてきた、という説です。そう考えると不快な症状をともなう更年期も、少しは気楽に乗り切れるのではないでしょうか?

閉経後の人生は、孫や地域の子どもたちなどに愛情を注ぎつつ、ゆったりと子育てを手伝うことのできる、「ヒト」のメスだけに与えられた貴重な余生といえるかもしれませんね。

The Women’s Health Initiative Memory Study (The WHIMS Study)
https://clinicaltrials.gov/ct2/show/study/NCT00685009

Long-term Effects on Cognitive Trajectories of Postmenopausal Hormone Therapy in Two Age Groups.
Espeland MA et al; WHIMSY and WHIMS-ECHO Study Groups.
J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2016 Aug 9

Long-term effects on cognitive function of postmenopausal hormone therapy prescribed to women aged 50 to 55 years.
Espeland MA et al; WHIMSY and WHIMS-ECHO Study Groups.
JAMA Intern Med. 2013 Aug 12;173(15):1429-36.

Estrogen plus progestin and the incidence of dementia and mild cognitive impairment in postmenopausal women: the Women’s Health Initiative Memory Study: a randomized controlled trial.
Shumaker SA et al; WHIMS Investigators.
JAMA. 2003 May 28;289(20):2651-62.