軽度認知障害の脳におけるセロトニンシステムの低下

工樂真澄

brain-2676370_1920

認知症の中核症状として、話すことが困難になったり、行動に一貫性がなくなったりするなどが挙げられますが、やはり主たる症状は「記憶障害」です。今回は、脳の神経伝達物質「セロトニン」と記憶障害の関わりを調べた論文をご紹介します。

認知症と神経伝達物質セロトニン

アメリカのジョン・ホプキンス大学のスミス G. S.博士らは、軽度認知障害の人の脳の「セロトニン」システムを調べ、2017年に論文発表しました。セロトニンとは、神経細胞同士が情報を伝えるために分泌する「神経伝達物質」の一つです。体内のいたるところで使われていて、例えば体温調節や生殖行動、記憶などにも関わる重要な物質です。アルツハイマー型認知症の患者さんでは、セロトニンの濃度だけでなく、その機能に関わる代謝物や受容体などが、健康な人の脳よりも少ないことが明らかになっています。しかし、認知症の前段階とも言える「軽度認知障害」でのセロトニンの振る舞いはあまりわかっておらず、セロトニン代謝の低下が認知症発症の原因なのか、または発症によって現れる結果なのかはわかっていません。そこで博士らは、軽度認知障害の人と健康な人の脳のセロトニンシステムを調べ、比較を行いました。

実験に参加したのは軽度認知障害と診断された28人、そして健常者28人です。被験者の平均年齢は約66歳です。まず被験者にはそれぞれ、認知機能や感覚、記憶力のテストを受けてもらいました。その結果、軽度認知障害の人のほうが、健康な人よりも成績が低い傾向が見られました。

次にセロトニンシステムの発達度を調べるために、「セロトニントランスポーター」とよばれる部分を標識して、ポジトロンエミッション断層撮影法(PET)で追跡しました。セロトニントランスポーターは神経細胞の末端にあり、セロトニンの濃度調節を行っています。解析の結果、セロトニントランスポーターの存在する部分を比較したところ、軽度認知障害の人の脳では、健康な人よりも全体で10%から38%も少ないことがわかりました。脳の体積そのものは、健康な人と違いはありません。特に低下が著しい領域は、例えば前頭葉や側頭葉、頭頂葉の灰白質や、海馬、扁桃体などでした。

以上の結果から、認知症発症には至っていない軽度認知障害の段階でも、セロトニンレベルが低下していることが明らかになりました。また、その結果として、認知機能や記憶の障害に影響している可能性が示唆されました。

認知症の症状改善薬として期待がかかる

セロトニンが関わる重要な機能の一つが「気分」です。
例えば、楽しいことを考えているときにはセロトニンの合成が促され、反対に悲しいことを考えているときには合成が抑えられています。うつ病の人では合成が減ることがわかっており、そのためセロトニントランスポーターに働きかけて、濃度を維持するようなお薬が使われます。
今回の研究から、軽度認知障害の人の脳ではセロトニンシステムが低下していることが明らかになりました。認知症患者さんの特徴の一つとして、気分を表に表さなくなったり、怒りっぽくなったりするなどが挙げられます。セロトニンレベルの低下は、このような気分の乱れとも深く関わっているのかもしれません。今回の研究で得られた知見が、将来的に認知症治療に結びつくことを期待します。

ご紹介した論文
Molecular imaging of serotonin degeneration in mild cognitive impairment.
Gwenn S. Smith et al. Neurobiol Dis. 2017 Sep;105:33-41.