1337例の剖検から分かった、脳神経組織と認知症の関係】

鈴木邦義(ペンネーム)

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剖検による軽度認知障害や認知症患者の脳組織の分析、評価したアメリカでの研究結果を発表した論文をご紹介します。

脳の研究におけるハードル

人間の脳の研究には、ある大きなハードルがあります。それは、組織を採取することが難しいという点です。

胃の組織や、大腸がんの組織を入手することはさほど困難ではありません。一部をつまんでとっても、出血さえ止まれば大きな問題とはならず、そのうち傷も治ります。もしくは、手術で摘出したがんの一部をもらえば、組織検体を入手することが容易にできます。

しかし、こと脳の研究に関しては、「研究のために少し脳の組織を余分にとりますね」と医師から言われても了承する人は皆無でしょう。脳腫瘍そのものであれば、残余組織から研究用の検体をとることは可能ですが、脳腫瘍の手術の際にはまわりの正常部分を多めにとってくることはできないので、腫瘍の研究にしかなりません。

こうした理由で、脳の研究をする際には、マウス・ラットや、サルなどの実験動物の脳を用いるか、剖検(解剖)によって検体を採取して行うのが一般的です。しかし近年、病死に対して剖検を行うことは少なくなっています。なかなか亡くなった家族の体にメスを入れることを承諾できる人は少なくなっています。

そのような背景の中、認知症患者の脳組織がどうなっているかについての研究がアメリカから出されました。

軽度認知障害(MCI)や認知症を有している1337人を亡くなった後に解剖し、神経病理学的に分析・評価したというものです。

脳組織と認知機能の関係

剖検1337例について、ベースライン時、および、死亡時にどのような症例であったかを研究しています。調査期間の平均は、臨床診断後7.6年で、臨床での最終評価から死亡までは2年未満でした。

No Impairment群(463例):ベースライン時の評価が正常であり、そのまま認知機能低下の診断がつかずに死亡にいたった症例
MCI Reverters群(122例):ベースライン時にMCIで、死亡時には認知機能が正常と評価された症例
Stable MCI群(343例):ベースライン時、死亡時ともMCIが認められた症例
Dementia群(409例):ベースライン時にMCI、死亡時に認知症と診断された症例

上記4つの群に分けて解析が行われました。結果としては、下記の通りです。

MCI Reverters群では、Stable MCI群と比較して中程度の細動脈硬化が起こりにくい傾向が認められました。また、Dementia群より、神経原線維変化(NFT)の病理所見、レヴィ小体病、海馬硬化症および中程度の細動脈硬化を認める割合が低く、老人班の出現数も少ない傾向が認められました。

Stable MCI群では、No Impairment群より、中頻度から高頻度の老人班、老人班を欠くNFT(原発性年齢関連タウオパチー)およびレヴィ小体病がみられる傾向が2~3倍、広範囲にわたる神経原線維変化の病理所見がみられる傾向が5倍、重度の細動脈硬化がみられる傾向が7倍という結果でした。また、Dementia群より、広範囲にわたる神経原線維変化の病理所見、中頻度から高頻度の老人病、レヴィ小体病および加齢による海馬硬化症がみられる傾向が低いという結果でした。

さらに、ベースライン時にMCIと診断された患者のほとんどに、混合型アルツハイマー病(AD)の病理所見が認められました。

軽度認知機能障害(MCI)と剖検時の所見

ひとたび軽度認知機能障害であると判断されたケースであっても、死亡時に認知機能障害が無いと判断された患者は、解剖しても認知症特有の所見があまり見られない、というのは印象的な結果です。軽度認知機能障害の診断は、必ずしも病理学的な変化を表しているとは限らず、場合によっては可逆的な段階なのかもしれません。一方、ベースラインも死亡時も認知機能障害がある群では、認知症の程度と比例した病理学的所見が認められたことから、臨床症状が病理学的所見をきちんと反映していることを示唆しています。

今回の記事でご紹介した論文
Abner EL et al. Outcomes after diagnosis of mild cognitive impairment in a large autopsy series.
Ann Neurol 2017 Apr; 81:549.