頭皮上から与えた磁気的刺激で音記憶が向上する可能性

工樂真澄

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出典元:pixabay.com

わたしたちは、情報のほとんどを「目」から取り入れているといわれます。しかし耳から得る刺激、すなわち「音」もまた欠かすことができない大切な情報源です。今回は脳を頭皮の上から刺激することで、音の記憶が向上することを調べた論文をご紹介します。

音の処理経路は2つ

カナダのMcGill大学のAlbouy博士らのグループは聴覚に関する研究を行い、2017年に国際的学術雑誌『Neuron』に発表しました。「音」は大脳の2つの経路によって処理されることが報告されています。一つは「腹測」とよばれる脳の内側のほうの神経細胞を伝わる経路で、主に単純な音の比較や、単純な音の間違いを捉えます。もう一方の「背側」とよばれる外側の経路では、過去の記憶を頼りにして音の比較を行うなど、より複雑な音の処理を行っています。

背側の経路では、「θ(シータ)波」といわれる4ヘルツから7ヘルツの周波数の規則正しい脳波が発生することがわかっていますが、その役割は明らかになっていませんでした。そこで博士らはまず、「脳磁図」とよばれる脳に生じる磁場を計測するイメージング技術と脳波測定により、θ波がどんな場合に、どこで発生するかを調べました。

実験には21歳から33歳までの若者17人が参加しました。被験者には2種類の「聞き取り課題」を行ってもらいます。「シンプル課題」ではまず3つの音、たとえばファ・ラ・ミという音が順に聞こえます。その2秒後にやはり3つの音が流れるので、それが最初と同じかどうかを判断します。次に「操作課題」を行います。操作課題ではまず3つの音が流れたあと、2秒後に最初の音を逆から流します。たとえばファ・ラ・ミなら、2回目がミ・ラ・ファと聞こえてくれば、「同じ」と判断します。操作課題ではシンプル課題よりも、「音記憶」に頼る度合いが強くなります。

実験の結果、「左側の背側経路」では、シンプル課題を行っているときよりも、操作課題を行っているときのほうが、θ波が活発になることがわかりました。また、最初の3音と次の3音の間の「音の流れていない2秒間」に、とくに活発になることもわかりました。このことより、「音記憶」に関係していると推測される領域とタイミングが明らかになりました。

磁気刺激を与えて音記憶を操る

次に博士らは、音記憶が行われていると推測されるタイミングで刺激を与え、記憶にどのような影響が出るかを調べました。「周期的経頭蓋磁気刺激法」という方法では、頭皮の上から急激に磁場を変えて 弱い電流を起こすことで、外科的手術を必要とせず、脳の神経細胞を興奮させることができます。

実験では、課題の最初の3音が聞こえた後に1秒間だけ、θ波に相当する5ヘルツの規則正しい磁気刺激を与えました。その結果、刺激を与えないときよりも正答率が向上することがわかりました。この傾向は「操作課題」でしか見られず、「シンプル課題」では刺激を与えても与えなくても、成績はほとんど変化しませんでした。

これらのことから、音の記憶には大脳聴覚の背側経路とよばれる領域に発生するθ波が関係しており、ここにふさわしいタイミングで刺激を与えることで、記憶が増強される可能性が示されました。

まだまだ謎の多い「記憶」

目で見たものがどのように体の中を伝わり、大脳でどのように処理されているのかについてはかなり詳しいことがわかっていますが、音の処理に関してはまだまだわからないことがあります。今回の研究では、音の処理過程や記憶についてのメカニズムが明らかになりました。このことは音記憶だけでなく、他の刺激による記憶を理解する上でも、大きな進歩だといえるでしょう。今後、より複雑な音の処理過程の研究に弾みがつくことと期待されます。

ご紹介した論文
Selective Entrainment of Theta Oscillations in the Dorsal Stream Causally Enhances Auditory Working Memory Performance.
Albouy P, et al.Neuron. 2017 Mar 22. pii: S0896-6273(17)30198-8.

参照文献
『カンデル神経科学』メディカル・サイエンス・インターナショナル