電気刺激によってワーキングメモリーが改善する可能性

工樂真澄

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「ワーキングメモリー」は日本語では「作業記憶」ともよばれるように、「今まさに起こっていることや、今必要なこと」を一時的に保持しておくような記憶のことです。今回は、電気刺激でワーキングメモリーの改善を試みた研究をご紹介します。

二つの脳領域を電気刺激でシンクロさせる

イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンのViolante博士らは、頭皮の上から微弱な電流を与えることで、ワーキングメモリーを改善できることを見出し2017年に発表しました。脳はいくつもの領域に分けることができ、それぞれが異なる機能を担っています。しかし、それぞれの領域が互いに連携しながら、まるでオーケストラのように協調してこそ、高いパフォーマンスが行えると考えられます。

実験では「経頭蓋交流刺激(tACS)」という方法を使い、θ波と呼ばれる脳波と同程度(6ヘルツ)の電気刺激を頭皮の上から与えました。刺激を与えたのはワーキングメモリーに深く関係しているといわれる「中側前回」と「下頭頂葉」の二領域です。実験では21歳から40歳までの健康な10人に協力してもらい、二つの脳領域に同時に同じ周波数の電気刺激を与えました。

電気刺激の与え方は3種類です。1つ目は波形の「山」と「谷」がぴったり重なるように、すなわち「同位相」になるように与えました。2つ目は「山」と「谷」が正反対、すなわち「逆位相」になるようにし、また3つ目は位相が合わないようにしました。さらに、電気刺激による脳の活動の変化を、機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)で観察しました。

脳波を同期させると反応速度が向上

ワーキングメモリーの測定には「Nバック課題」を行ってもらいました。これは画面に出てきた数字が、ひとつ前の画面に出てきた数字と同じかどうかをとっさに判断するという課題です。1つ前の数字と比較する「1-バック課題」はそれほど難しくありませんが、2つ前に出てきた数字と同じかどうかを判断する「2-バック課題」は難易度が高くなることから、ワーキングメモリーの程度を測ることができます。

実験の結果、N-バック課題の「正確さ」は、どの方法で電気刺激を与えても違いはありませんでした。しかし反応速度を調べたところ、二つの脳領域に同位相で刺激を与えると他の場合よりも、有意に速くなることがわかりました。特に「2-バック課題」において、反応速度の差が顕著に見られました。

また、fMRIの観察から、おもに前頭葉と頭頂葉の活動が活発になっていることも分かりました。このことより、頭皮上から微弱な電流を流して異なる脳領域の脳波を同期させることで、ワーキングメモリーが向上する可能性が示されました。

脳に損傷を負った患者の治療に期待

今回ご紹介した実験は健康な人に対して行ったものであり、高齢者や脳疾患を持つ人でも効果があるかどうかは、今後の研究課題です。特に交通事故などにより、脳の前頭葉などに損傷があると、ワーキングメモリーに影響が出ることが知られています。もし、この論文の方法で以前のようなワーキングメモリーを取り戻すことができれば、患者さんにとっては有効な治療法になり、今後のさらなる研究が期待されます。

ご紹介した論文
Externally induced frontoparietal synchronization modulates network dynamics and enhances working memory performance.
Violante IR, et al.elife. 2017 Mar 14;6. pii: e22001. doi: 10.7554/eLife.22001.