脳は動いている物を複数の方法で認知する

工樂真澄

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私たちは外部の情報のほとんどを「視覚」によって得ています。視覚によって目の前にあるものの色や形を識別するだけでなく、「動く」ものをとらえ、その動きから少し先の事柄をも予測しています。色や形、動きの情報がどのように脳で処理されているかについて盛んに研究が行われていますが、視覚についてはまだまだわからないことがたくさんあります。今回は、「動き」を認識するのに関わる脳領域について調べた論文をご紹介します。

脳の特定領域を損傷すると動くものだけが見えない

カナダ、マックギル大学のLiu博士とPack博士は、動いているものを認知するのに関わる脳領域を調べ、2017年に発表しました。ふだんは当たり前すぎて意識することはありませんが、私たちが物を見るには何段階もの過程が必要で、また脳の複数の領域が関わっています。中でも脳の視覚野の「中側頭葉」というところは動いているものを認識するのに重要で、この領域を損傷すると、静止している物はわかるのに、動いている物はとらえることができないそうです。

博士らはサルを使って実験を行いました。まず動きを認識させるトレーニングを、次の2つの方法で行いました。

一つ目は「Gaborパッチ(参照サイト:https://www.youtube.com/watch?v=zLv9Xph5rYM)」によるトレーニングです。
Gaborパッチはストライプの入った円で、これが画面上で一方向に動きます。サルの視線を測定していると、動いた方向を認識しているかどうかがわかります。正しい方向に視線を投げていればご褒美がもらえるので、やがて正答率もあがっていきます。

2つ目の方法は、「ランダム・ドット(参照サイト:https://www.youtube.com/watch?v=Cx5Ax68Slvk)」を使った方法です。ランダム・ドット訓練では、多数の点の塊がランダムな動きをしながら一方向へ回転するので、その方向を正しく読み取れるようにします。

それぞれの訓練後、テストを行います。「ムッシモール」という化学物質を脳の特定の領域に注入すると、神経細胞の情報伝達をブロックすることで、一時的にその領域がもつ機能を抑制します。博士らはムッシモールをサルの視覚野中側頭葉に注射して、訓練による効果を調べました。

ランダム・ドット訓練期間終了後に、ムッシモールによって中側頭葉の機能をストップさせてランダム・ドット、さらにGaborパッチをテストすると、著しく成績が落ちました。これに対しGaborパッチ訓練後では、中側頭葉が働いていなくても、成績にあまり変化がありませんでした。

これは、それぞれの図形が脳の異なる領域で認識され、処理されるからだと考えられます。ランダム・ドットは主に中側頭葉で認識されるのに対して、Gaborパッチは後頭部にある最も基本的な視覚情報をつかさどる領域で認識されていると考えられています。そのため、中側頭葉領域が働かなくても、後頭部の領域で得られた情報を利用することで、失われた働きを補うように作用することがわかりました。

他の領域を活性化することで失われた機能を取り戻す可能性

今回ご紹介した論文によって、脳は一つの領域が働かない場合でも、他の領域を刺激することで同じ機能を示す可能性が示唆されました。これは脳が柔軟なことを意味します。今回の研究結果を応用して、例えば事故などで一つの脳領域に損傷を負った場合でも、他の領域を刺激するような訓練を行うことで、損傷によって失われた機能を補うことができるかもしれません。あらためて脳の不思議さに驚嘆するとともに、今後の研究に期待したいと思います。

ご紹介した論文
The Contribution of Area MT to Visual Motion Perception Depends on Training.
Liu LD and Pack CC.Neuron.
2017 Jun 29. pii: S0896-6273(17)30548-2. doi: 10.1016/j.neuron.2017.06.024.