ゲノムの違いと記憶力の衰え方との関係を調べた研究

工樂真澄

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「ゲノム」という言葉をご存じでしょうか。ゲノムとは生物が持つ全遺伝情報のことで、「その生物らしさを作り出す元」だとされます。ヒトとサルとではゲノムが違うのはもちろんですが、たとえヒト同士であっても少しずつ異なります。今回は、記憶力の衰え方をゲノムから調べた論文をご紹介します。

ゲノムの違いが記憶力の低下に関係する?

アメリカの南カリフォルニア大学のArpawong博士らは、ゲノムと言語記憶との関連を「GWAS」によって調べ、2017年に発表しました。「GWAS」とは「ゲノムワイド関連解析」の略で、個人間のゲノムを比較して、身体的特徴や病気のかかりやすさなどとの関連を調べる研究です。ゲノムの解析技術が向上した昨今、GWASが盛んに行われています。

今回の研究は、アメリカで1992年から、50歳以上の方に2年毎に行っている記憶力調査をもとに行われました。調査対象者は20650人です。記憶力といっても、例えば、ある単語や文章を聞いてすぐ暗唱する能力と、しばらく経ってから思い出す能力とでは、脳の働きが異なります。今回の研究では、10個の単語を聞いた直後に暗唱するテストと、聞いてから5分後に暗唱するテストによって、言語記憶能力を調べました。解析の結果、ほとんどの人は年齢を経るごとに、どちらの記憶力の成績も悪くなることがわかりました。

次に記憶力の低下の程度とゲノムとの関係を調べるために、調査対象者の中から7486人を対象に、ゲノム解析を行いました。また、イギリスの6898人からなるゲノムデータベースについても、解析を行いました。ゲノムは主に「DNA」という物質からできています。DNAには「A、T、G、C」の4種類があり、遺伝情報とはその組み合わせのことです。ヒトのゲノムは全部で30億個ものDNAが連なってできています。遺伝子そのものは情報であり、実際に体の中で働くのは、遺伝情報をもとに作られる「タンパク質」です。DNAがたった一つ変化しただけでタンパク質が機能しなくなり、重大な病気を生み出すことがあります。その一方で、タンパク質の機能に全く影響しないような変化もあります。悪い影響が出ないようなDNAの変化は、そのままゲノムに埋め込まれ、子に遺伝して受け継がれます。そのためゲノムには個人間でも異なる箇所があり、これを「多型」と呼びます。

解析の結果、ゲノムのいくつかの箇所の多型が、記憶力と強く関係していることがわかりました。特に相関が強かったのが、19番の染色体にある「TOMM40」という遺伝子の中にある多型です。この遺伝子のある一箇所に「A」を持つ人は、「T」を持つ人よりも、聞いた直後の記憶力に関して、年齢による衰えが著しいことがわかりました。さらに、強い相関が見られたのが、アルツハイマー型認知症の発症と関係があると言われる「アポリポタンパクE(アルツハイマー病の男女による発症リスクの違い)」遺伝子です。この遺伝子内にある一箇所の違いが、記憶力の低下と強く関係していることがわかりました。

ゲノム情報を病気予防や治療法に生かす時代はもうすぐ

ヒトのゲノムの0.1パーセントは多型だと言われます。昨今では、このような些細なDNAの違いが、個人の特徴や病気のなりやすさ、薬の効きやすさにも関係していると言われ、詳細な研究が進められています。

30億にもおよぶDNAの中のたった一つの塩基の違いが、記憶力の変化に影響しているというのは、とても不思議な現象です。ただし、遺伝子の違いは絶対的なものではありません。たとえ病気になりやすい型を持っていっても、必ず病気になるわけではありません。むしろ自分のゲノムがもつ特徴を正しく理解しておくことで、あらかじめ予防に努めることができます。いずれは、誰もが自分のゲノム情報にもとづいて、病気予防を行ったり、治療を受けたりするような時代になることでしょう。

ご紹介した論文
Genetic variants specific to aging-related verbal memory: Insights from GWASs in a population-based cohort.
Arpawong TE et al.,PLoS One. 2017 Aug 11;12(8):e0182448. doi: 10.1371/journal.pone.0182448. eCollection 2017.